伊藤 若冲筆「梅図」 古画修復

2012年5月11日
マクリの状態の本紙

この若冲筆「梅」図の修復依頼をメールでいただきました。

この作品は金屏風に貼られていたもので、画像では煤が少なく見えますが、実物は煤で絵が見えずらく、墨色も実際はぼんやりしたものでした。

作業前の本紙状態の確認

梱包を解き、ヘッドスコープで作品の細部を見ました。

本紙の左下部分

<2枚の写真は、本紙の左下部分の拡大部分

(上の写真)

よく観察すると、前に手がけた表具師が煤抜きを完全に行わず作業を終えたものでした。

茶褐色の本紙の損傷部分”絵の具”で着色した部分が多くあります。

(下の写真) 光源を裏側からあてたもの。

前任者の技術修復も低くかった為か、前回の修復が困難だったことが伺えます。

(多くの補修跡が有ります。)

依頼主様へ、本紙の状態の説明を兼ね修復方針をご説明しました。

修復方針

① 本紙の煤抜きは可能であること。しかし、前任者の”絵の具”で着色した部分は残ること。

② 前任者が”絵の具”で着色した部分が目立たぬように煤抜きを仕上げること。

③ 若冲画伯の作品なので欠損部分の補筆はしないこと。

④ 納期に時間の余裕をいただくこと。

本紙修復

煤抜きの工程を終え、本紙の修復作業へ移りました。

 本紙を傷つけることなく、いろいろな方法を用いました。

本紙修復に使用された糊が、正麩糊で無く完全に剥がすことができませんでした。

この本紙の裏打ちに使用されているのは、ワラビ糊と推察しました。

ワラビ糊で裏打ちされた本紙をを剥がすには、本紙に高熱の蒸気を加え続ける必要があります。

しかし、前回の修復で薄く剥がされ、傷ついた本紙には、高熱に耐える強度はありません。

最も薄くく剥がされた部分は、2枚組ティッシュの一枚分よりも薄く、完全な修復作業を断念しました。

古書画を軸装仕立にするには、本紙の修復が万全でないと太巻き仕立でも、長く保存することは出来ません。

軸装から額装へ

依頼主様とご相談し、軸装から額装へ仕立を変更していただきました。

煤抜き後の本紙

裂合わせ

依頼主様より、この若冲筆「梅」図には、鶏血色の裂地を使いたいとのご指示をいただきました。

西陣の機屋さんから沢山の裂地を送ってもらい、正絹二丁中上遠州「葡萄蔓」紋としました。

この裂地は、見る角度や 光の明暗により裂地の表情が何色にも変化する、趣深い織物です 。

<二丁中上遠州>  
   江戸時代の大奥では中老など、絢爛豪華な着物を身につけていました。しかし、奥女中は華美なそれらを着ることを禁じられていました。そんな 奥女中の為に出入りの商人が、西陣の機屋へ依頼して、錦や金糸を使わず二色のヨコ糸のみ使い、織りなしたものです。この織物は一見地味に見えますが 朝、夕の光の明暗で十色に変化し、女心を和ませたと伝え聞きます。>



拡大してあるのが表装裂地・西陣織の証紙。

額縁は、黒本漆中入り、艶消し。裂地は西陣織・正絹二丁中上遠州「葡萄蔓」紋を使い、本金砂子台紙「円窓」仕立としました。

梅が開花している3月納品で、メール添付の完成写真しか保存しておらず、鮮明な画像をお見せ出来ず残念です。

円窓の本金砂子も自身でデザインし、こま振りとしましたがこの画像では西陣織の魅力や、台紙が本金砂子にも見えません。

”凛”とした仕上がりが、お見せ出来ないことをご容赦下さい。

この修復作品の掲載の許可を戴きました、東京都杉並区のK様、誠に有難うございました。

完成写真